団塊世代

団塊脳のリハビリ?

◆ニッポンの未来は「団塊世代」の改造再利用にかかっている?

 「団塊バッシング」が盛んです。

団塊世代といわれるのは1947年から52年生まれの人たちで、私は1年前の46年生まれの60歳です。
それなら「安住るり」は、団塊世代ではないのか?

これに明確な答えはありませんね
(私自身は、自分を団塊世代という「集団」の一員だとは
思っていません)。


つまり、「ナントカ世代」という言い方は、あやふやな記号である、ということを議論の前提として、まず押さえておきましょう。

団塊世代についての「定義」「イメージ」は、使う人によって
恣意(しい)的にどうにでもなる、ということです。
団塊世代の「事実」としては、45年夏に戦争が終わって1年半ほど経った頃から数年間に、世界的に急激に出生数が増えました。

その数年間に生まれた人たちが、今に至る60年間ずっと社会の中の大集団として、年齢を重ねてきました。それゆえ、社会にさまざまな影響を及ぼしてきました。

その集団が、今年あたりから順次定年を迎え、盛んな経済活動の場から引退していきます。

このことが、今度はどんな影響を社会に及ぼすのか、
ということを「クール」に考えてみようと思います。

先日から、「大いに語ろう!団塊ザ・ダンカイ」という「座談会」(今初めてこのオヤジギャグに気付きました)の連載が始まり、1回目からかなり顰蹙(ひんしゅく)を買っているようです。

しかし、この能天気な回顧談義に、いきなり感情的に反発しても建設的ではありません。あの「同窓会的雑談」からも、得るべき情報はあります。

 団塊世代を嫌う人たちは、なぜ嫌いという感情が湧くのかを、自己分析しなくてはなりません。そのうえで、団塊世代の嫌なところを並べてみましょう。

 三田典玄さんは先日の記事で、「団塊世代は謝らない」と書きました。それが団塊世代の特性として「事実」なのかはさておき、ではどうするのでしょうか。

彼らは社会の第一線からは順次消えていきますが、「老人」として生き続けるのですよ、あと20年も!

 「謝らないジジイ」がどんどん社会に「溜まって」いくのですよ。彼らはじっとしてもいないし、黙ってもいないでしょう。
どうですか、想像してください。オソロシイと思いませんか?

 妻たちの多くはすでに怖れています。35年間も毎日出勤していた夫が、毎日家に居るようになるかもしれないのです。

ニンゲンというのは、(動物もですが)生きているだけで、あたりを汚します。誰かがその始末をしなければなりません。
これは「団塊のオトコ」に限りません。

胸に手を当てて考えてみてください。

 モンダイは、「団塊世代は数が多い」し「元気で長生きしそうだ」ということです。日本が経済成長を続けた時代に、イケイケドンドンで仕事をしてきたから、脳が「稼ぐ」という目的のために特化されています。

これが重要です。「オレたちは日本の繁栄に貢献してきた」と自負しているのです。「強気」なのです。


しかし、経済的繁栄の「負の側面」に目を向けなければならないのが、まさに「現代社会の緊急課題」なのです。
団塊世代の多くは、そのパラダイム変換に気付いていません。

「会社で部長になれた」「役員になれた」「退職金の一部で住宅ローンを完済した」「子供たちはまがりなりにも自立した」「妻と旅行でも」……。

そんな程度のことしか頭にないのが大多数でしょう。

 これを私は恣意的に「団塊脳」と言ってみます。
このままでは、この老人たちの「年金」と「介護」で日本は確実に財政破綻します(事実上、別のさまざまな要因によってもうすでに破綻していますが)。

 カラオケで、モーニング娘。のヒット曲『ラブマシーン』を「ニッポンの未来は ウォうウォうウォうウォう」と楽しく歌うならば、この大量の「団塊脳」を「会社のため」ではなく「世のため」「未来のため」に働くように、「リハビリ」させなくてはなりません。

それを自覚している団塊たちも、少数ながらすでに存在し、活動しています。壮年の、そして「団塊ジュニア」のみなみなさま、団塊を嫌悪し罵倒しても、未来のためにはなりません。

彼らを「改造」し「再利用」して、「ニッポンの未来」を
創造することを、前向きに考えませんか?(安住るり)

by「オーマイニュース」
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070430/10604

           
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